年少日記
年少日記 Times Still Turns the Pages/監督:ニック・チェク/2023年/香港
マスコミ試写で鑑賞。公開は2025年6月6日です。第60回金馬奨で観客賞と最優秀新人監督賞、第17回アジア・フィルム・アワードで最優秀新人監督賞を受賞。
あらすじ:子供の頃に日記を書いていました。
※ネタバレはありません。
高校教師として働いているチェン(ロー・ジャンイップ)。ある日、生徒が書いた遺書が校内で見つかります。「自分はどうでもいい存在だ」と書かれていたそれを読んだチェンは、自分の少年時代を思い返すのでした。
外面は良いがすぐ暴力を振るう父親とそれに逆らえない母親、自分よりずっと優秀な弟から馬鹿にされながら暮らしていた小学生のチェンは、日記をつけることにしました。大好きな漫画のこと。学校でのこと。なかなか進まない勉強、眠れない日々。チェンは、誰にも言えない自分の気持ちを綴ります。
「自分の味方なんていない」と思ったことはありませんか。チェンは、たった10歳の子供です。私には子供を育てた経験がなく、どうしても「自分はどうだったか」でしか子供を語れません。思春期のころのことだったらまだギリギリ覚えているけれど、10歳となるともうまったくわからないです。子供なりに、つらいこともあるし思い悩むこともあったかと思います。でもいつだって母親がそれを見抜いてくれたし、私の味方でいてくれたように思います。思い出を美化しているのもあるかもしれません。チェンにも母親はいますが、父親から暴力を振るわれ自分のことで精一杯のようにみえますし、父親の教育方針に反対をせず、チェンのことを思いやるようにもみえず、果たしてチェンに対して愛情はあるのだろうかと訝しむ気持ちになりました。
私は子供の頃から集団の中で孤立することが怖くなく、妹に「なんで平気なの」と言われたことを覚えています。妹は社交的な性格で、でも無理してそうしているときもあることを母から聞いていたので、無理をしてまで他人に合わせる妹のことがむしろ不思議でした。ですが、よくよく思い出してみれば私がそこまで社交的な人間ではないのは、幼稚園に行かなかったことが原因のようにも思います。私は私の意思で幼稚園にいかず、ミシンを踏む母の足元で絵本を読んだりパズルで遊んだりしていたことを覚えています。幼稚園の先生は毎日、折り紙をきれいに折って色画用紙に貼り付けたものに「あしたは ようちえんに こられるかな」などと書かれた手紙をくれていました。私にはそれがプレッシャーで、よけい行けなくなったのでした。幼稚園で社交性を身に着けなかった私は、その後、2回の転校でも人間関係を構築するのに失敗しました。すでにある集団の中に異物として放り込まれるやりづらさは、転校を経験した人にはわかってもらえるのかなと思います。
私は幸い、チェンが言うところの「普通の家庭」で育つことが出来ました。学校に居場所がなくても、家に帰れば家族がいました。チェンには、学校にも家庭にも居場所がありません。唯一、彼の心の拠りどころとしてピアノの先生が出てきますが、彼女に家庭の事情をどうにかする力はありません。チェンが二段ベッドの下でこっそりと漫画を読むようすや、授業中に立たされて笑いものにされるようすを、心を傷めずに観ることはできませんでした。そしてこの映画に仕込まれている最大の秘密があきらかにされるとき、思わず声が出ました。私にまったくその視点がなかったので、不意打ちですらありました。
日記は、過去の思いと現在をつなげることができる唯一のものかもしれません。動画や写真も過去と現在をつなげることができますが、私的な心情を吐露する日記には、記録ではない何か、大袈裟にいえば魂の一部が込められると思います。私が映画の感想に自分のことを書き連ねるのも、映画と自分の体験を近づけて、「そんなこともあったけれど、いま私はこうして映画を観ている、映画を観ていられるだけの健康な身体と心がある」と思いたいからかもしれません。おすすめです。


