世界の中心で、愛をさけぶ/死者の声を聴く

ラブロマンス
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世界の中心で、愛をさけぶ

Crying Out Love, in the Center of the World/監督:行定勲/2004年/日本

U-NEXTで鑑賞。行定勲監督作を観るのは初めてです。なにかしら観たことがあるだろうと思っていたら、ありませんでした。また、原作は未読です。セカチューブームのとき私は生きていましたが、社会現象を巻き起こしたこの作品がどのように扱われていたのかは、まったく覚えていません。当時は興味がなかったからしょうがないですね。

ちょっと調べてみたところ、この作品で「純愛ブーム」が起きたようです。この3年後には『恋空』(2007年)を含む携帯小説が流行し、妊娠虐待中絶売春違法薬物自殺にレイプというブームが来たのか、と思うと、セカチューは大変まともだなと思いました。

あらすじ:婚約者が失踪します。

ネタバレしています。

朔太郎(大沢たかお)と律子(柴咲コウ)は結婚を控えています。ところがある日、律子は書き置きを残して姿を消してしまいました。急に昔のことを思い出した朔太郎は、実家に帰るのでした。

高校時代、朔太郎(森山未來)はアキ(長澤まさみ)といい関係になっていました。カセットテープが小物としてうまく使われています。わざわざテープに言葉を録音し、それを使って相手とやりとりすることには、それでしか表せない情緒がありますね。直接顔を見て言えない言葉のやりとりは、そこに時間のずれが生じていることも含めて大変切ないと思います。動画でもいいんですけど、音声のみというのが。

30歳を超え、もうすぐ結婚しようという相手がいる状態で、高校時代の恋愛のことを思い出して行動するというのは、なんかちょっと、どういうことか? とも思います。自分の話で恐縮ですが、私が30代だったとき、むかし仲が良かったけれどしばらく会っていなかった男性が急に連絡をしてきて、会うことがたびたびありました。話を聞くと、みな一様に「結婚を控えている」、と言うんですね。別に結婚したからといってまったく会えなくなるわけではないのに、おかしな行動だなあと思いました。以前、ツイッターでこのことを書いたら「RPGでラスボス戦の直前になってから、最初の村にあった宝箱を開けたくなるのと同じ」と言われ、なるほどと思ったものです。つまりそういうことですよね、朔太郎の行動は。まあ、アキがこの世を去っているために余計、感傷的になったのかもしれません。

私の今の価値観とかなり違うなと思ったことのひとつに、無菌室に入ったアキのために朔太郎が婚姻届を持ってくるシーンがあります。朔太郎はアキに「結婚しよう」と言います。私にはこのシーンがまったくロマンティックに見えないんですよ。登場人物が10代であることを考慮しても。結婚に夢を感じないのは私のせいですが、人生経験が、こういったところで支障をきたすのかよ……とは思いました。そして私は今後もう、恋愛で胸がときめくようなことがないんだと思ってしまって、今、渋い顔をしながらこれを書いています。恋愛だけが人生の楽しみじゃあないけれど、失うとなったらしがみつきたくなるものです。実に人間ですね。

私、この映画のタイトル『世界の中心で、愛をさけぶ』の「世界の中心」はどこなんだろう、とか一切考えたことがなかったんですが、これ、あるんですね。世界の中心って、具体的な設定があるんですね。なにかの比喩じゃないんですね。そして、行くんですね。世界の中心に。でも叫ばないんですね。なんならそれが一番びっくりでした。

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