GOOD BOY グッドボーイ/かわいくて、こわくなる

ホラー
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GOOD BOY/グッドボーイ

Good Boy/監督:ベン・レオンバーグ/2025年/アメリカ

マスコミ試写で鑑賞。公開は2026年7月10日です。

あらすじ:ご主人の具合が悪い。

ネタバレはありません。

体調が悪く、吐血したことをきっかけに、トッド(人間)は、愛犬インディ(犬)とともにアパートを離れ、空き家だった祖父の家で暮らしはじめました。

かわいい。
犬が。
犬がかわいい。実にかわいい。

インディの、ふんふんと鼻を鳴らす音、ふさふさのしっぽを振りながら歩く姿、トッドを少し上目遣いで見るようす。どれもが本当にかわいらしく、愛おしいです。不審な気配を感じ取ったインディが耳をぴくぴくさせたりするようすは、訓練された犬であることを感じさせない立ち居振る舞いで、自然な演技と言ってよいかと思います。トレーナーががんばったんだなというのはわかります。でも、そういった画面外のことを考えて気が散ってしまって入り込めないということさえありませんでした。次にインディがどう動くか、何が起きてどんな反応をするのか、画面内のことに集中できる映画でした。その理由のひとつに、人間側の事情についての説明が最小限だということもあると思います。主人公はインディであってトッドではないので、インディが理解できない(感じることができない)出来事は起きないんですよね。例えばトッドが電話で話しているときの具体的な内容はインディにはわからない、つまり観客にもわからない、といった次第です。

さまざまな角度からインディのようすを撮っていて、それはインディの感情をさまざまな角度から見ることとイコールであるなと思います。どこからどこまでが現実で、どこからどこまでが虚構であるかを理解しているかどうかもわからない犬に「演技」をさせること、というか、いかにも「演技をしている」かのように見せることは難しかっただろうなと思います。悪夢を見て目を覚ますときのインディの表情は白眉の出来で、この表情を撮るために何度もその時を待ったりしたのだろうなと思ったりしました。

インディが演技をしているように見える、というのは、私たちが、物事に理由をつけたり、その物事にある裏の顔を無意識に想像したりできる生き物だからかもしれません。トッドが一時的にその場を去り、インディが悲鳴のような声を上げるとき、私たちにはインディが「ご主人がいなくて不安だ」と言っているように「見える」のです。でも実際は巧みなカット割りやカメラワークで、意図的にそういう「見え方」をさせているだけ(だけ、って書きますけどそれってとっても大変なことですよね)でしょう、きっと。これは、観客の受け取り方をコントロールしていると言えばよいでしょうか。どんな映画もそうかもしれませんが、この作品では強くそれを感じました。

なによりも優れていると思ったのは、インディが自発的に行動しているように見えるところです。でも、犬が人間のために訓練されていることを良く思えない人は観る必要はないと思います。映画の中で、犬がどのような状態であれ「やらされている」「人間に利用され、傷ついている」と感じてしまう人は、観なくていいです。可哀想に見えてしまうシーンもなくはないし、無理することはないです。

ホラー映画としてどうか、という点について。これは最初、怖いというわけではないな、などと思いながらインディのかわいらしい仕草を堪能していたところ、中盤以降きゅうに怖くなってきて、これはすごいことだと思いました。「怖い」と「かわいい」でギリ「かわいい」が勝つくらいには怖いです。

最後に、インディの犬種、ノヴァ・スコシア・ダック・トーリング・レトリーバーというのがどういった特徴をもった犬種なのか知らなかったため、ちょっとだけ調べました。

ノヴァ・スコシア・ダック・トーリング・レトリーバー(トラー)は19世紀初頭、水鳥をおびき寄せ回収するためにノヴァ・スコシア半島で改良された。トラーは鴨の群れを見ると、物陰に隠れた猟師が犬に向って投げる小枝やボールを追いかけながら、河岸沿いを駆け回ったり、飛び跳ねたり、じゃれたりし、時折視界から消えたかと思うと急に姿を現したりする。こうしたトラーの滑稽な行動は川の中で泳いでいる鴨の興味をかきたて、射程距離内に引き寄せる。そして、トラーは死んだ鳥や傷ついた鳥の回収をしに行く。

たいへん理解力があり、訓練を入れやすく、忍耐力が強い。力強く、有能なスイマーであり、回収を要求する僅かな合図があれば瞬時に行動を起こす。その強い回収欲と遊び好きな性格は、獲物をおびき寄せる能力に欠かせないものである。

引用元:ノヴァ・スコシア・ダック・トーリング・レトリーバー | 一般社団法人 ジャパンケネルクラブ

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