ザリガニの鳴くところ
Where the Crawdads Sing/監督:オリビア・ニューマン/2022年/アメリカ
こちらの記事は、2022年に書いたザリガニの鳴くところ/ときには正しさよりも | 映画感想 * FRAGILEを一部修正して転載したものです。
TOHOシネマズ新宿 スクリーン6 C-3で鑑賞。原作未読。映画コム見ているときにバナーが目に入って、なんだろう知らないな〜って思ってそこから公式サイトに飛んで興味を持った映画です。
あらすじ:湿地で暮らしていました。
※ネタバレしています。本文中、ネタバレの前には注意書きをしています。
『ザリガニの鳴くところ』めちゃくちゃ泣いてしまった……。付き合うなら価値観の合う人じゃないとダメです。胸が痛いよー。DVもだけど、モラハラする人の特徴って共通するのかな
デヴィッド・ストラザーンのイケオジぶりがすごい! pic.twitter.com/8dNQPFZJVR
— ナイトウミノワ (@minowa_) November 23, 2022
なんで泣いたかというと、同情と感情移入ですね。個人的なことなので詳細は伏せますが、今年、人との付き合い方について色々考えたんですよ。距離感ってなんだろうなとか、「この人やばいな」って思う瞬間の、説明できないゾワッとしたかんじとかさ。
大自然の映像的な美しさで、まず、ぐっと惹かれるものがある。カイア(デイジー・エドガー=ジョーンズ)は自然の中で、たったひとりで生きている。そこへ、他者が関係しはじめたときに、何がどうなるのかという話。
チェイス(ハリス・ディキンソン)が回想シーンで名前を出されるとき、彼は自転車に乗っていて、乗り方がちょっと乱暴なんだよね。映像としては映らないが、台詞で補完されている。そのときに危ない思いをするのがカイア(子供時代:ジョジョ・レジーナ)。本当にほんのちょっとしたことだけど、それを意図して物語に組み込んでくる、丁寧な目線を感じるよ。
あと、いいなと思ったのが小物などの美術まわりね。例えば、『悪童日記』(2013年)や、『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』(2011年)みたいに、現実的に見るとちょっと小洒落すぎている小物って、かわいい! と思うと同時に、リアリティラインが下がると思うの。例に挙げた映画、両方ともいい映画なのは間違いないけどね。
『ザリガニの鳴くところ』は、そこのリアルさが的確だった。カイアが描く絵や、改装前の室内なんかが、ああ、ありそうだなあと思わせる(改装後はオシャレだね)。私が蚤の市で買ってくる、古い写真や図画と似ているのよ。だから私にはすごく親近感がわくものだった。
※以下ネタバレを含みます。
カイアは、その子供時代を、父親(ギャレット・ディラハント)からDVされて生きていて、学校にも行かせてもらえていない。街の人たちからは疎まれ、手を差し伸べてくれる人は雑貨屋の黒人夫婦しかいない。福祉が介入しようとしても、カイア自身がそれを拒む。ただ静かに暮らしていたかっただけだから。
湿地でしか生きられない彼女に近づいたのが、初恋の人となるテイト(テイラー・ジョン・スミス/子供時代:ルーク・デヴィッド・ブラム)。彼はカイアを大切に扱い、読み書きを教えてくれる。価値観も似ているし、カイアが生きていくためのすべも考えてくれる、すごくいい男なんだよね。テイトがこのままずっと彼女のそばにいてくれれば良かったなあって思う。でも彼にも迷いがあって、それは仕方ないことだった。独立記念日に彼が現れなかったときに、カイアの気持ちになっちゃって、泣くよね。わかるよ……待つ身のしんどさよ。
次にカイアの前に現れた男、チェイス(ハリス・ディキンソン)が駄目だった。これは駄目だ。初っ端から駄目だ。だいたい、服が黒いから駄目だ。いや、黒い服は別にいいんだけど、これ、敢えて黒い服にしてるでしょ。画面から浮くもん。チェイスは本当に最悪な人間で、モラハラなんだよね。カイアのことを理解する気がないのもそうだし、俺様感がすごいのよ。すぐセックスしようとするしさ、カイアに対して言ってることが嘘ばっかりだし。外ヅラが良いのもモラハラの特徴だよね。最終的にカイアを殴るので、アウトです。で、冒頭で死んでいるのがこのチェイスで、物語は、チェイスを殺したのはカイアなのではないか、という疑惑があるところがメインになるわけです。
カイアの態度から、有罪なのか無罪なのかが想像できないのね。彼女のことを知っている観客から見ると、カイアは悪くない(たとえ、チェイスを殺していたとしても)と思ってしまう。物語が進むにつれ、あ、これ、テイトが犯人なのかな……って思わせる、んだけど……っていう。いやーこのオチは良かったな。カイアとテイトは老いるまで寄り添うことができた。カイアは死ぬまで事件の詳細について黙っていた。たとえ相手が信頼しているテイトだったとしても。どうやってカイアがチェイスを殺したのか、詳細は裁判中に弁護士(デヴィッド・ストラザーン)が「ありえないこと」として話した内容と同じかもしれないし、違うかもしれない。まあ、一般的に、物語としてみると、同じなんだろうね。
したたかでなければ生き抜けなかった、自分を守るためにはすべてを賭けるしかなかった。カイアの悲しみと、それでも最後はテイトと居られたという救いがある。この映画がぴんとこなかった人も多いだろうとは思う。もしかしたらだけど、ぴんとこなかった人は、「いかなる理由があったとしても殺人は許せない」人か、「今まで、怖い思いをしてこなかった」人なのかなって思うの。
善悪でみれば、いかなる理由があったとて、殺人はいけないこと。それはわかる。でも、本当に怖い目にあって、こいつだけはなんとしてでも殺してやりたいという強い思いを持ったことがある人だったら、多分だけど、カイアの気持ちがわかるんじゃないかなって思う。私がそう言うのは、私自身が怖い目にあって、人を殺してやりたいという気持ちになったことがあるから。だから、私は「そうじゃない人」の気持ちは慮れないんだよね。自分と違うからさ。
自分を守ることってとても大事だと思う、殺人までいかなくてもさ、常識の範疇で、守っていこうよ。


