アジャストメント
THE ADJUSTMENT BUREAU/監督:ジョージ・ノルフィ/2011年/アメリカ
この記事は2011年に書いたアジャストメント/運命は調整される | 映画感想 * FRAGILEを修正し転載したものです。
フィリップ・K・ディックが好きです。本をまったく読まないわたしが唯一好きな作家です。ほとんど全作品を読んでいるのですが、『アジャストメント』原作の『調整班』は未読です。『調整班』は、「悪夢機械 (新潮文庫)」と「アジャストメント―ディック短篇傑作選 (ハヤカワ文庫)
」に収録されています。また、Silverboy Club – 悪夢機械であらすじが紹介されています。
ディックのよさは、不信感にあると思います。他人どころか自分さえも信じない絶望的な不信感。不均衡な世界に飲み込まれる主人公。好きです。
あらすじ:若手上院議員候補デヴィッド・ノリス(マット・デイモン)は、ひょんなことからエリース(エミリー・ブラント)と出会う。しかし、ふたりの接触を妨害する者たちがいた。
※ネタバレしています。
追ってくる謎の集団というのはたいていまったく人間味のない人たちばかりです。でもこの映画だと、うっかり居眠りしてミッション失敗とか、上司に怒られる……としょんぼりしたりとか、車道を走って追いかけてて車にはねられるとか、わりとどんくさくてかわいいです。デヴィッドさんをこそこそつけまわし、見つかりそうになるとササッと隠れたりもします。調整班もたいへんなんですよ……。
自分が置かれた状況を知って3年、デヴィッドさんはすっかり疑心暗鬼に陥っています。いつも監視されているのではないかときょろきょろしまくるわけです。調整班のみなさんは、デヴィッドさんの考えていることも読めると言っていましたから、もう大変です。
集団ストーカーという犯罪があります。いや、実際はありません。集団ストーカー被害妄想や思考盗聴は、統合失調症の症例のひとつです。「集団ストーカー」でGoogle検索すると、1ページ目にヒットするのはニコニコ大百科を除きすべてが「集団ストーカーという悪質な組織犯罪がある」と主張するものばかりです。※2025年7月11日現在は違う検索結果になっています。
「集団ストーカー 統合失調症」で検索しても、上位にくるのは「集団ストーカーは統合失調症ではない」という内容のものがほとんどです。それだけ集団ストーカーに遭っている(と思っている)人が多いというわけですが、『アジャストメント』の前半の描写は、症状を悪化させかねない内容ですね。
調整班の偉い人はテレンス・スタンプです。テレンス・スタンプおじいちゃんが、デヴィッドさんの正しい運命について話します。これがまた、今度は誇大妄想を助長させるような内容です。テレンス・スタンプは歩いてるだけでかっこいいです、たまりません。けっこう走るシーンが多くてはらはらしました。おじいちゃんに無理させないで~。
調整班のひとり、ハリーさん(アンソニー・マッキー)が、いろいろと真実を教えてくれるのです。調整班のみなさんは「感情では行動しないが感情そのものはある」のだそうです。
この映画、前半は良いのです。病気っぽいところも、おいかけっこも、おもしろいんです。調整班が「天使」と呼ばれることもあるとか、運命を記した「書」の存在とか、どうもキリスト教的なんです。神の存在を他人に明かすと脳味噌をリセットされて廃人になってしまう設定なんですが、その設定さえ「きみたちの愛に感動した! 許す!」でお咎めなし、そして神に許された主人公が自由を与えられるというラストはね、安易すぎると思うんです。運命は愛では変えられない、と別離エンドか、犯した罪は償うべし、と廃人エンドのほうが良かったなあと思います。バッドエンドでも、神の思し召しですからね。せっかくいろいろな可能性があるのに、大多数のアメリカ人が好むようなありきたりのハッピーエンドに落としこんでしまったのは、たいへんもったいないことであるし、あまりに保守的すぎると思います。残念な映画でした。


