フェラーリ/愛は、ときに滑稽で。

人間ドラマ
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フェラーリ

Ferrari/監督:マイケル・マン/2023年/アメリカ・イギリス・イタリア・サウジアラビア合作
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マスコミ試写で鑑賞。2024年7月5日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー。

あらすじ:起死回生のレースに挑む。

ネタバレはありません。

1957年。エンツォ・フェラーリ(アダム・ドライバー)は、妻ラウラ(ペネロペ・クルス)とともにフェラーリ社を仕切っていました。


エンツォには、リナ・ラルディ(シャイリーン・ウッドリー)という愛人とのあいだに息子がいましたが……。

映画で描かれているあたりのエンツォは59歳で、40歳のアダム・ドライバーが演じるには歳が離れすぎなんですが、メイクなどで年齢の差を感じさせないようになっていましたね。

ラウラがけっこう気の強いタイプで、ともすれば悪く描かれているように思えてしまう部分はあります。ただ、夫婦関係が悪化している理由のひとつには、やはりリナとその息子の存在があるわけで、これは仕方がない。ラウラとの間には、難病を抱えていたために早逝してしまった「跡取り」がいたんですね。なんでここを括弧書きしたかは映画を観たらわかってもらえるかなと思います。誰がそれを言うのかも含めて、時代とはいえ不快感がありましたね。ただ、これはもう価値観の違いであって、今の常識で測ろうとするのは間違っていると私は思います。

ラウラの性格や言動の描き方が現実に即していたかどうかはわからないのですが、リナとは明らかに違う描き方をされます。リナはね、なんですかね、ほとんど文句を言わず(言う時もあるけど)、にこやかで情緒が安定していて、エンツォが簡単にはラウラと離婚できないこともわかっている感じで、これはエンツォにとって都合がいいんですよね。

伝記映画をつくるとき、対象の人生のどこを切り取るかについて、映画を作る・観る側としてはやっぱり「もっともドラマティックなところを描きたい・観たい」があるんじゃないでしょうか。ざっとエンツォとミッレミリア(1927年から1957年の間にイタリアで行われた伝説的な公道自動車レース。イタリア全土を1000マイルを走るもの)について検索してみたところ、エンツォの愛や苦悩、フェラーリの経営難、ミッレミリアについての出来事が集中している1957年を舞台としなければならなかった、というかここしかなかったんだな、と思いました。他人の人生にこういう言い方をするのはあんまり良くないですが、一番盛りだくさんというか……。

後半にかなり衝撃的な展開が待っていて、びっくりして思わず口をおさえてしまいました。おすすめです。可能な限り、ミッレミリアについては調べずに観たほうが良いなと思いました。でも、知っていても、びっくりして口をおさえたかも……。

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