椰子の高さ
監督:ドゥ・ジエ/2024年/日本
マスコミ試写で鑑賞。公開は2026年2月6日です。
あらすじ:恋人と別れて旅をします。
※ネタバレはありません。
ペットショップで働く菅元(大場みなみ)は、日本料理店で働く青木(渋谷盛太)が魚の腹の中から指輪を見つけたことをきっかけに、結婚する約束をします。
恋人として付き合うとき、私は何を重視しているんだろうと思って、これまでのことを振り返ってみました。黒縁メガネが好きとか黒髪が好きとか、クリエイターや絵描きに惹かれがちだとか、そういう好みはいろいろあるんです。でも、そうした見た目や肩書きよりも結局いちばん大事だなと思うのは、話し方が自分と合うかどうかでした。この人はテンションが高すぎてついていくのがきついなとか、声が小さすぎてなにを言っているかわからないなと思ってしまうと、やはり惹かれにくいようです。選ぶ話題や態度ももちろん大切で「お互いが快適に話せるか、話せないか」という点は、恋人に限らず友人などでも同じ問題だなと思います。
菅元と青木が交わす会話の中で、特に気になった話題が2つあります。ひとつは動物実験のこと、もうひとつは刺青のことです。なお「タトゥー」という言い方があまりにカジュアルに感じられて私は好きではないので、以降セリフ以外のところでは「刺青」と書きます。
作中で、菅元が青木に「おそろいの場所にタトゥーを入れよう」と提案する場面があります。私はその瞬間、心の中で全力で「青木、断れ!」と叫んでいました。首の大きな血管が通っているすぐ横に刺青を入れるなんてあまりにもリスキーですし、おそろいの刺青なんて人生が終わるので絶対にやめたほうがいいと本気で思っているからです。軽い気持ちであろうと、よく考えた末であろうと、刺青は刺青です。ファッションのつもりでも、強い思いが込められていても、他人から見れば「異常だ」と受け取られることが多い。そう断言できるのは、私自身、首の後ろ、右肩から肩甲骨、そして右の上腕に大きな刺青を入れていて、「自分で自分の人生を生きづらくしたな」と実感しているからです。
今さら後悔しているわけではありませんし、正直に言えば一度も後悔したことはありません。ただ日常的にめんどうくささがつきまとうのは確かです。特に首の後ろは隠しづらく、それでいて他人に見られれば不快な思いをさせてしまう可能性が高いです。だから必死にスカーフなどを巻いて隠しています。年々暑くなる夏は本当につらいですが、自分で決めてやったことなので仕方ありません。劇中で「(刺青を入れたら)私も変って思われるのかな」と菅元が口にする場面があります。わかってるなら、やめなよ!
自分のこととして考えてみると、ここまで大きなサイズではなかったかもしれませんが私はたぶん、いくら人に止められても何かしらの柄で刺青を入れていたと思います。その結果、両親や家族、親戚にまで「受け入れられない」と思われることになったとしてもです。特に両親には、ひどいことをしてしまったという自覚があります。私が上京するとき、両親から「何をやってもいいが、刺青と借金と薬だけはやるな」と言われたことを、今でもはっきり覚えています。覚えているにもかかわらず、私はそれをやってしまいました。人が納得するような理由はありません。仮に理由があったとしても、両親を傷つけてまで刺青を入れてよかったと言えるのかといえば、そうではない気がします。
映画では、自殺についての話題も扱われています。というより作品全体の中でもかなり大きな比重を占めているテーマです。この点については、書きたいとすら思えない気持ちがありました。なのでここでは深く踏み込まずに、ただひとつだけ、周りの人が悲しむようなことはやめようよ、という、少し軽めの感情を置いて終わりにしたいと思います。


