ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ/愛はいつでも難しくって

ミュージカル
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ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ

Hedwig and the Angry Inch/監督:ジョン・キャメロン・ミッチェル/2001年/アメリカ

U-NEXTで鑑賞。公開時(2002年!)に観ていますが、それ以来観ていなかったため、久しぶりに観てみました。

あらすじ:恋人に裏切られます。

ネタバレしています。注意書きはありません。

1960年代、東ドイツで生まれたハンセル(ジョン・キャメロン・ミッチェル)は、子供の頃からロックが大好きでした。青年になり、出会ったアメリカ兵と結婚するため性別適合手術を受けます。しかし手術は失敗し股間に1インチの肉の塊が残ってしまうのでした。


メインの物語としては、かつての恋人でありロックスターのトミー(マイケル・ピット)とどうにかして一緒に写真を撮るため、ツアー中のトミーを追うという筋書きです。ヘドウィグはトミーにオリジナル曲を盗作されており、裁判中です。

ライブのシーンが多くあり、そこでヘドウィグは自分自身の生い立ちから結婚と離婚、トミーとの出会いと裏切りなどを語ります。楽曲がどれもとても良かったですね。彼女の人生は、私から見ると、他人に振り回され裏切られてばかりのように思えて胸が痛みました。そしてそれは(彼女ほどではないにせよ)私自身にも思い当たるふしがあり、そういう意味では感情移入が容易な映画だと思います。

ただ、これはどんな映画でもそうですが、感情移入が出来る出来ないで作品の出来が良くなったり悪くなったりするわけではないですよね。それって完全に「人による」ので。今回はたまたま私が、ヘドウィグの生き様に共感できた、というだけのことです。また、一瞬、ヘドウィグが実在する人物のように思えてしまったところも良かったです。それは彼女の人生のありようを、どことなく常にさみしげな目線で丁寧に描き出しているからではないかと私は思いました。

ラスト、ウイッグを脱ぎ衣装も脱いで、そのままの姿で路地を歩いていくヘドウィグの後ろ姿に、言いようのない寂寥感を覚えました。着飾って歌い、ともすれば自分勝手なようにみえる行動をとることは、彼女が自分自身を守ろうとしたからなのかもしれません。好戦的にみえるところも。それらをすべて手から離し、裸足で歩くのは、どのような気持ちだったのでしょう。おすすめです。

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