百円の恋/圧倒的リアリズムと、虚構の在り方

人間ドラマ
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百円の恋

監督:武正晴/2014年/日本

U-NEXTで鑑賞。中国リメイク『YOLO 百元の恋』が来月公開なので予習として観ました。

あらすじ:底辺の女がボクシングを始めます。

ネタバレしています。注意書きはありません。

実家で引きこもっている一子(安藤サクラ)は、離婚して戻ってきた妹とそりが合いません。


妹と殴り合いの喧嘩をしたために実家を追い出された一子は、32歳にして初めて一人暮らしをし、100円ショップで働き始めるのでした。

安藤サクラの演技を初めてまともに観たのが『万引き家族』(2018年)で、クライマックスの泣きの演技がものすごくて一度で好きになったんですよね。すごく自然にセリフを言うのがほんとうに上手い、上手い演技ってこういうことだと思います。過剰じゃないのに心に残るんですよね。

冒頭の安藤サクラのだらしない腰回りとぼさぼさの髪、自転車の乗り方などのリアルさ、どんよりした目つきなどを見ていたら、「こういう感じの人を俳優って言うのかな」と思ったりしました。役柄への理解度と身体的な表現力が半端ない。過剰に美しく見せようとか、飾ろうという気がないように「見える」のはすごいことです。実際に彼女が自分をどう「見せよう」と思っているのかは、聞いてみないとわからないことですが……。

衣装や美術も良いなと思って。デートというものに着ていく服が一着しかない上に全然似合っていないんですよね、猫背だし。実家の散らかり具合やアパートの質素なところも、よく作り込んであるなと思いました。こういうのが虚構の力だと思うんです。現実的に見せている、実際はこんな家なんてないのに、まるで「そこにある」かのように描くという。

新井浩文との関係ですが、相手との距離が掴みきれていない状態でいきなり同棲すると絶対に良くないんですよね。心当たりありますか? 私はあります。でも、こんなふうに成り行きで男性が家に転がり込んでくるのってよくありそう。ありました。そういう体験って20代のうちに終わらせておく儀式みたいなもんじゃない? とも思うんです。いや、もちろん人それぞれですが……。二人の関係は、恋愛としては他人が憧れるような種類のものではないし、底辺といえば底辺だし、美しさとかないんです。新井浩文安藤サクラも、すごく不器用なんですよね。あるいは、荒っぽいだけかも? 

一子は、セックスによって距離が縮まったと思ってしまったのか、途端に甘えたような声を出すんですよね。ここの絶妙さったら! 私、安藤サクラは「飾らない演技」のように見える、作り込んだ演技をしているんじゃないかと思いました。繰り返しになりますが、それが虚構の力であるし、リアルさにつながるのだと思うんです。本当にこういう人がいるのかな? と観客に思わせてしまう力は、さきにも書いたとおり、役への理解度を表していると思うんですよね。

狩野から「なぜボクシングをやるのか」と聞かれたとき、一子の返答は語彙が貧弱なんですよね。思ったことを他人に伝わる言葉として発することができない。それは彼女が今までどういう教育を受けてどういう人生を歩んできたのかを明らかにするのではないでしょうか。面白かったです。

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