映画版「WE-入口と世界の出口」/この世界を目撃する

SF
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映画版「WE-入口と世界の出口」

監督:小池博史/2025年/日本

マスコミ試写で鑑賞。公開は2025年11月29日です。

あらすじ:2073年の日本は監視社会になっていました。

ネタバレはありません。

上級、中級、下級国民に分かれた2073年の日本では、みんな、表面上は平等を謳うけれども実際は相互監視を行っていました。そんな中、治外法権的な場所としてあったのが「スペースE」でした。

この作品を観て、即座に「これは上級、中級、下級国民に分かれた2073年の日本が舞台なんだな」とわかる人はいないと思うんですよね。「2073年」という言葉も、始まってから25分くらいしないと出てこないです。これ、場所はどこなんでしょう、劇場ではないのでギャラリーとかかなあ。殺風景な四角い部屋には天井からカメラがぶら下がっており、人びとはシンプルな白い服を着て、ガラクタのようなものなどを叩いて音を出します。カメラは縦横無尽に演者を映し出し、彼らのあいだになにかしらの関係があることを示唆するようです。壁に投影された映像は、部屋から外の世界へ出ていくようすを明確に表しており、人びとが「スペースE」から外へ出ていったことがわかります。

人びとが、まったく意味のないように聞こえる声を出している、というか叫んでいると思っていたら、だんだんそれがひとつの曲のように聞こえ始めるというのは面白かったです。このあとの展開を書くとネタバレになってしまいますので控えますが、ひたすらに困惑はしたものの、観客を置いていこうとしているわけではなかったんだなという気持ちにはなりました。伝えよう、伝えようとしているのに、私の方に準備ができていなくて受け止められなかったのかもしれません。あるいは慣れていないだけかも。

監督・脚本・振付を手掛けた小池博史のコメントはこちら↓

僕は基本的に舞台・映像・音楽・美術などの区分を設けず、「空間」要素を最大限活かしつつ可能性を追い求めてきました。そもそもジャンル分け自体が自在さを阻害する要因でもある。ジャンルを否定はしないが、さまざまな越境的行為の中に芸術的本質の大きな要素があると感じています。これは映画であり舞台です。芸術の可能性を追い求めたひとつの証が「WE」という映画です。

上級、中級、下級国民に分かれる2073年監視社会の日本 人気舞台を映画化「WE-入口と世界の出口」11月29日公開 : 映画ニュース – 映画.com

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