プロミシング・ヤング・ウーマン
Promising Young Woman/監督:エメラルド・フェネル/2020年/アメリカ
TOHOシネマズ六本木ヒルズ スクリーン3 J-7で鑑賞。レイプリベンジものという情報だけで、予告も観ずに行きました。
この記事は2021年に書いたプロミシング・ヤング・ウーマン/あの子のために、私が | 映画感想 * FRAGILEを修正し転載したものです。
あらすじ:復讐します。
※ネタバレしています。
復讐ものではありますが観終わってもスッキリはしません。あえてスッキリさせなかったのはレイプという問題がいまもなくならない現実のものであり、ここで爽快感を与えてしまうと安易な消費につながってしまうからだろうと思いました。暴力描写はありますが、アクションとして描かれているわけではありません。その点からも、行われていることのエンタメ性を極力排除しようとした意図が、容易に想像できます。
『プロミシング・ヤング・ウーマン』本当に、今ある問題を描いているので、みんなに見て欲しい。合意のないセックスはすべてレイプだし、それは許されない行為です。「犯罪だから」ダメとかいう問題ではなくて、ダメなの。
— ナイトウミノワ (@minowa_) July 17, 2021
主人公のキャシー(キャリー・マリガン)は、週末になるとクラブで泥酔したふりをし、これ幸いとお持ち帰りしようとする男たちに、きついおしおきを繰り返していました。キャシーは30歳になっても親元で暮らしており、それは彼女がまだ自立できていないことを示しています。そんなある日、大学時代の知り合いが、キャシーのバイト先を訪ねてきます。
『プロミシング・ヤング・ウーマン』で描かれていることは、女と男を対立させようというものではないし、男に復讐して溜飲を下げようというものでもなく、いまの社会が一歩踏み出すために必要なことは何かという話のように思えます
— ナイトウミノワ (@minowa_) July 19, 2021
『プロミシング・ヤング・ウーマン』観て「泥酔する方も悪い」「男が悪く描かれすぎ」と言うひとは、映画内で明確には描かれなかったその先に、何が行われていたかを想像出来ない人だし、あのラストの陰惨さをわからない人なので、残念だねと言ってそっと離れるが吉です
— ナイトウミノワ (@minowa_) July 23, 2021
キャシーには、ニーナという親友がいました。ニーナは大学時代にレイプされ、その後、何らかの理由で命を落としています。ニーナはほとんど画面に登場せず、死因についてもレイプがどのようなものであったのかについても作中では明かされません。タイトルの『Promising Young Woman(将来有望な若者)』は、ニーナのことを指しているのではないかと私は予想しました。映画.comではキャシーのことだと説明されていますが、私にはニーナのことだと思えます。なぜなら、ニーナが成績優秀であったことは、作品内で明確に提示されているからです。
キャシーは、大学時代の知り合いであるライアン(ボー・バーナム)と、次第にいい関係になっていきます。しかし、ライアンが実はニーナがレイプされた現場に居合わせていたことを知り、悩んだ末に彼と縁を切ることを選びます。ライアンとは、ゆっくりと関係を築いていけていたにもかかわらず、です。ライアン自身がレイプに直接加担していたわけではないようですが、その場にいながら何もしなかったこともまた罪である、という考えのもとで、キャシーは行動します。
キャシーは復讐の際、怒りをあらわにしているわけではありません。そんな彼女が、作中で唯一はっきりと怒りを見せるのが、ライアンとデートをした帰りに、彼のアパートまで連れて行かれた場面です。キャシーは、道端のゴミ箱を思いきり蹴りつけます。ライアンは「他の男とは違う」と思っていただけに、その期待を裏切られたと感じたのでしょう。
キャシーは最後に、レイプの主犯であるアルのバチェラー・パーティーの会場に、ストリッパーのふりをして忍び込みます。そこで彼女は、事故という形で命を落としてしまいます。
アルとその仲間たちの罪がより深いと感じられるのは、キャシーを殺してしまったことに対して、彼らが一切の反省を見せない点です。同時に、ニーナのことについても、すでに過去の出来事として忘れ去っています。
被害者にとっては決して忘れられない過去であっても、加害者側にはその自覚がなかったり、忘れてしまっていたり、あるいは「今の自分とは関係のないことだ」と切り離されてしまったりする、これは非常によくある話だと思います。だからこそ誰もが一度、自分自身の過去を振り返るべきなのではないかとも感じました。私自身にもきっと同じような罪があるのだろうと思います。
最終的にキャシーが残したもののことを考えると、彼女が死ぬ覚悟で、あるいは捕まる覚悟で、バチェラー・パーティーに忍び込んだのだということが分かります。同時に彼女がこれまで続けてきた、クラブでの相手を選ばない復讐もまたいつ殺されてもおかしくない危険性に対する覚悟を常にはらんでいたのだと気づかされます。それは、どれほどの覚悟だったのか。どれほどの怒りだったのか。そして、どれほどの悲しみだったのか。そのことについて、少しでもいいから考えることが大切なのではないかなと思います。


