アメリ/覗き見る視線の先に

ラブロマンス
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アメリ

Le fabuleux destin d’Amélie Poulain/監督:ジャン=ピエール・ジュネ/2001年/フランス

U-NEXTで鑑賞。ジャン=ピエール・ジュネが好きで観た覚えがあります。1回しか観ておらず詳細を忘れたため再鑑賞しました。経緯↓。なお、『クロウ』と『アイデンティティー』の一騎打ちだったのが、目を離した数分で『アメリ』が伸びてきて、そのままゴールでした。

あらすじ:やさしくしたい。

ネタバレしています。

子供の頃から他人と関わるのが苦手だったアメリ(オドレイ・トトゥ)が、40年前の宝箱を発見して持ち主に返して以来、他者とのコミュニケーションをとることに夢中になってしまうお話です。

今は亡き叶井俊太郎氏がアルバトロス時代に『アメリ』を「ジャン=ピエール・ジュネ監督作だし、あらすじだけだとストーカーっぽいから、ホラー・サスペンスなんだろう」と踏んで買い付けたらラブコメだったという話は有名ですよね。公開時にすごくヒットして、徐々に「『アメリ』好きな女さんwww」みたいなかんじで揶揄され、「地雷映画」(こういう言い方はよくありませんが)のように扱われてきたような感触があります。もしかしたら、さきに書いたとおりアルバトロス配給=俺たちの映画、と思っていたところへ女性主人公のラブコメが来たから、女性蔑視的な考えを持っている人が反応したのかなと今は思います。実際はどうだったのかはわからないです。私の妄想です。

なお、私は初見時、「大好きだった『ロスト・チルドレン』(1996年)から『エイリアン4』(1998年)を経由しマルク・キャロが抜けるとこうなるのか、ずいぶん明るいな」と思ってちょっとがっかりした記憶があります。

さて見返してみての感想ですが、121分で長くもなく短くもないわりに、なぜか妙に長い映画のように感じました。『アメリ』がどんな話なのかを簡潔にかつ過不足なく説明することが私にはむずかしく、それは全体を貫く物語と小さなエピソードが同一の熱量で進んでいくためかと思います。どこをとってもそこがメイン、みたいな。これが、なんとなく長く感じたひとつの要因かもしれません。

小物や衣装がかわいらしく、アメリが着ているキャミソールについた小さな赤いリボンとか、失敗した証明写真のアルバムとか、40年前に隠された宝箱とか、なんならカフェに並んでいるタバコの列すらかわいく見えてきますね。かわいいって色んな種類があるなと思います。『アメリ』=クレームブリュレ、みたいなところがあったので注視していましたが冒頭で1回出てくるだけなんですね。それを言うと私はあらすじを完全に勘違いしていて、アメリがお父さんのドワーフを持って世界中を旅行し写真を撮ると……それはアメリじゃなくて他の人の話……全然違う話だと思っていて、記憶って本当に曖昧だなと思いましたね。ちょっとあまりにもぼんやりすぎた。

あらすじのところにも書きましたが、他人とのコミュニケーションがわからなかったアメリが、あることをきっかけとして、他人の人生に干渉するのを楽しむようになったというお話で、アメリが「いや、コミュニケーションってそういうことじゃないだろ」という行動をとるのがおもしろかったですね。そうしたい気持ちはわかるけど、食料品店の経営者コリニョン(ユルバン・カンセリエ)に対するいたずらが度を越していてぎょっとしました。アメリの中で「いい人」と「そうでない人」の分類が明確で、「そうでない人」への仕打ちが手厳しいなと。もちろん、コリニョンの従業員に対するパワハラは看過できないです。でも、アメリがコリニョンの職場で思い切ってユーモアを交えつつ嫌味を言うのは大変わかるけれど、彼が業務時間外で痛い目にあっても、パワハラはなくならないと思ってしまいました。私は真面目すぎるところがあるかもしれません。

映像表現はかなり好きなかんじで、初見時に思った「明るすぎる」については、(映像もお話も)確かに明るいけど、『ロスト・チルドレン』と比較してみないと、かつての私がどう感じたのかは今はもうわからないなと思いました。『ロスト・チルドレン』今度観ます。

タイトルに書いた、視線について。証明写真はカメラを見つめて撮るもの、ジョゼフ(ドミニク・ピノン)とジョルジェット(イザベル・ナンティ)が見つめ合うことによって生まれた「作られた一目惚れ」、レイモン(セルジュ・メルラン)が双眼鏡でアメリの部屋を見ること、ルノワールの絵の中心にいる水を飲む少女の視線、カフェの中でニノ(マチュー・カソヴィッツ)をアメリが背後から見ること(ここちょっと怖い)、ときおりアメリが第四の壁を破ってくることなど、見ること・視線を向けることに関する執着じみた描写が多く印象的でした。

かなり性的なシーンもあったりするんですが、直接的な表現よりも、ニノがお化け屋敷でアメリの耳元で唸り声を出す、それをアメリがうっとりして聞いているシーンが私には一番性的に見えました。視線の話とつながるんですが、アメリとニノは電話で話すときとカフェで直接話すとき以外は言葉をかわさないんです。ニノがアメリの部屋に入って性行為をしてもです。アメリがいろいろなものを駆使してニノを望遠鏡のところへ導くときは、視線がなによりも大切なものとして扱われていて、特に、少年がニノに「指先を見るんじゃなくてその先を見るんだ」と言うところはそれが顕著に現れていると思いますね。面白かったです。なんとなく初見のときに感じたがっかり感(それは明るいことだけではなかったんだろうと、今は思います)が払拭されて良かったです。こういうことがあるので映画を観るのはやめられませんね。満足満足。

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