オズ はじまりの戦い
Oz: the Great and Powerful/監督:サム・ライミ/2013年/アメリカ
この記事は2013年に書いたオズ はじまりの戦い | 映画感想 * FRAGILEを修正し転載したものです。
※ネタバレしています。
前提として『『オズ はじまりの戦い』に対するわたしの気持ちについてぐだぐだ語るよ – * FRAGILE』と『オズの魔法使/わたしがいかにマンチキンランドとティンマンを好きか、ちょっと聞いてくださいよ! – * FRAGILE』を踏まえて頂いて。
あらすじ:インチキ奇術師がオズの魔法使いになります。
ヤリチン奇術師オズ(ジェームズ・フランコ)は、竜巻にまきこまれてオズの国へと飛ばされました。そこで出会った西の魔女セオドラ(ミラ・キュニス)と東の魔女エヴァノラ(レイチェル・ワイズ)から、南の魔女グリンダ(ミシェル・ウィリアムズ)を倒すよう頼まれるのですが…。
基本的にね、ファンサービスはないと思って頂いてよろしいと思います。そして作りがめちゃめちゃ雑でした。サム・ライミは「オズの魔法使」に興味が無いっていうのバレバレ。いったい誰が悪いのか? 脚本が悪いのは明らかなんです、わたしが「オズの魔法使」大好きっていうことを差っ引いても、映画として出来が悪い。
展開がもたもたしているし、印象的なセリフもなにもなく、その場その場を乗り切るためだけのシーンが多すぎ、2時間強の映画が3時間くらいに感じるほどテンポが悪い。ものすごく子供向けに作ってあるのにキスシーンやたら多いしよくわからん、どこをターゲットにしているのかね?
悪いのは脚本か、編集か、そもそもプロデューサーか、いろいろ考えましたけれど、最終的な責任は監督にあるという結論に至りましたので、サム・ライミはまっさきに正座してください。そして、わたしや『オズの魔法使』ファンのみなさんに謝って!
一緒に見に行った人が「39年のオズで家に潰されている魔女は出て来ないんですね」って言ったんです。しましま靴下とルビーの靴が出てこないから、東の魔女エヴァノラが家に潰される魔女だということがわからないの。39年のオズを見たことがある人ですら、思い入れがさほどなければ気づかない作りってまったくどうなってんの?
『オズの魔法使』でドロシー以外ならば、竜巻、虹、ルビーの靴、スケアクロウ、ライオン、ティンマン、イエローブリックロード、エメラルドシティ、マンチキン、フライングモンキー、魔女、と、いくつも「ここだけはおさえておかなければならない」ものがあるでしょう。その中でもルビーの靴は最重要アイテムだし、絶対外せないのわかるでしょう、ふつう。それが出てこない。ありえないでしょ? なのに、モノクロのシーンでどうでもいい女キャラクターがギンガムチェックのドレスを着ていたり、ドアをノックしろって言ったり、滝に虹がかかったり、悪い魔女側の軍団の衣装や掛け声がオリジナルに寄せてあったり、カラスが出てきたり、「とりあえず39年のものも入れてありますよ」っていうのがすごい多いんだよ。とりあえず感すごいの。
エメラルドシティをあそこまで39年に寄せてあるのなら、マンチキンランドの地面を黄色と赤にしなきゃダメでしょう。なんで黄色とグレーなわけ? 「お前らの血で道を赤くしてやる」的なセリフありましたけれど、それ要らんから最初っから赤くしとけ。マンチキンだって39年の衣装はあんなにかわいいのに、そして同じ国に住んでいる別の種族が裁縫得意とか言ってるのに、似ても似つかない服着ててマジどうなの。しかも、マンチキンが歌って踊るシーンの直後にフランコが「いや、歌とかいいから」って39年全否定かよ!
スケアクロウ、ライオン、ティンマンに関してはね、ライオンは出てきます。ガチでライオンなので、え? って思いましたね。スケアクロウは、せっかく途中でトウモロコシ畑が出てくるんだから、あそこにちらりとでもいれば良かった。軍団で見たいものじゃない。ティンマンに至っては、あるキャラクターが「自分は木こりだ」って言うだけなんですよ。まあ確かにティンマンは39年のオズで「About a year ago I was chopping that tree…」って言っているので、この時点では存在しないキャラクターではあるんだけれども、ものづくりが得意なおじいちゃんたちがいるのだから、そこでちょっと作っててもいいじゃない!
キャスティングもほんとどうかと思っていて、フランコね、わたし好きな俳優ですよ。でもやっぱりフランコがおじいちゃんになってフランク・モーガンになるかっつったらならないわけです。顔が似てないから。あと演技がどうも手抜きに思えてね。あの変な顔やめてほしかったね。あれ見たことあるよ、いつぞのアカデミー賞授賞式んときにしてた顔だよ。性格設定もどうかなあ! オズはあんな人じゃないよ。もっともっと良い人でしょう。ここからおじいちゃんになって性格が変わったとかいう好意的な見方もできんわけではないが、そうするならばこの映画のあとにもう1本必要になってくるんです。
あとミラ・クニスね。太りすぎですし演技がまったくなっとらん。マーガレット・ハミルトンさんの素晴らしい手の演技とかちょっと勉強したらどうなの? レイチェル・ワイズとキャスティング逆のほうがまだよかった。顔が緑色になってもパッツンパッツンで、アップのシーン笑っちゃったよ、あんまりにもヘンでさ。顔が似ていない俳優をキャスティングするなら、特殊メイクとかでもうちょっと似せてもいいと思うんです。変身しちゃうんなら、いっそぜんぜん違う顔にしても良かったでしょう。
というわけで、まだまだ文句も書けますがこのへんにしておいて(ほんとうに細かいところ言ったらきりがないんです、あのペンダントなんなんだよとかさ)、結論としてこの映画は39年のプリクエルにしたことがそもそもの間違いだと思います。『オズの魔法使い』を原作にした映画ですよというだけであれば、まだ許せた。しかしプリクエルとしてしまうと、39年に続かない! っていうのがものっすごい気になってしまう。そしてアラ探しのようにチクチクと批判しちゃうんです。
どうしても思うのは、『なぜ1939年に出来ていたことが、2013年にもなって出来ていないの?』ということです。技術が進歩してCGがすばらしーとか、3D映画ができるよーになりましたよとか、そーゆーのはまだいいとして(ものすごく譲歩して言ってますよ!)、役者の演技にしても衣装にしても音楽にしても特殊メイクにしても、そしてお話の内容にしても、映画づくりに必要なことが39年に敵わない。絶望的ですよ。
わたしね、わたしだって、「ごめんライミ、やっぱりライミはすごかったよ!」って言いたかったよ。『この映画は映画として普通につまんないな』って思い始めた瞬間、ああ、わたし、ものすごく期待してたんだなって気づいて悲しくなりました。でも、最初にトレーラーを見てから1年以上引きずりまくったモヤモヤがやっと晴れて、いまはいっそ清々しい気持ちでいます。わたしの戦いは終わりました。


