花束みたいな恋をした
監督:土井裕泰/2020年/日本
この記事は2021年に書いた花束みたいな恋をした/私のような貴方との恋 | 映画感想 * FRAGILEを修正し転載したものです。
TOHOシネマズ新宿 スクリーン7 H-25で鑑賞。スルー予定でしたがTwitterでの評判が良かったので。
あらすじ:趣味の合う人に会いました。
※ネタバレしています。
終電を逃したことをきっかけに、たまたま出会った麦(菅田将暉)と絹(有村架純)。趣味がほとんど同じだったことから、急激に距離を縮めていくのですが……というお話です。実在の作家名や映画監督(押井守)の名前が登場することもあり、身近に感じる方も多いかと思います。
『花束みたいな恋をした』観た。絹と麦の立場とセリフを丸ごと入れ替えても、(ほぼ)物語が成立するところがすごいと思いました。脚本よ!
— ナイトウミノワ (@minowa_) February 10, 2021
これは途中で気づいた点なのですが、気づいてからはそのことばかりに意識が向いてしまいました。言葉づかいや態度といった細かな部分まで麦と絹は入れ替えが可能なのです。ある意味とてもジェンダーニュートラルだと言えるのかもしれませんが、適切な言葉があるはずなのに不勉強で思い浮かばず、分かる方がいれば教えていただきたいです。あからさまに配慮しているという印象はなく、非常に自然につくられている点も好感が持てました。
おそらく唯一、麦と絹を入れ替えると成立しないシーンは、麦が絹に対して半ば吐き捨てるように「結婚しよう」と口にする場面だと思います。麦は「自分が稼いでくるから、絹は好きなことをして暮らせばいい」というようなことを言います。残念ながら現状では、このセリフを男性パートナーに向けて言える女性は非常に少ないのではないでしょうか。男女の収入格差があるためです。それは現実の問題であって、映画そのものの瑕疵ではありません。
※2026年1月16日現在、麦と絹のセリフが入れ替えられるというのはかなり無茶な言い分だったなと思います。解像度が低かったというか他所の方向に向いていました。恥ずかしいですね。再見し感想を書き直しました→花束みたいな恋をした/さようなら、好きだったひと – * FRAGILE
私は、恋愛をパフェのようなものだと考えています。上のほうのキラキラして華やかで果物がきれいに乗っているおいしい部分だけを食べている状態が、いちばん良いのではないかと思っています。パフェは下のほうもそれなりにおいしいのですが、だんだんといろいろなものが混ざってしまいコーンフレークでごまかされたような気分になることもあります。
麦が就職するまでは、ふたりはパフェの上のほうを一緒に食べていたのだと思います。絹が転職したことも彼らにとって溝になりましたが、これはもうどうしようもないことです。パフェの上の部分だけを食べ続けて生きていくことはできません。もしそれが可能だとすれば同棲しないという選択を取る場合でしょうか。
『花束みたいな恋をした』は、結婚のくだりだけ現実のせい(同性婚ができない)でヘテロじゃないと表現できなくなってますけど、これお話としてはヘテロじゃなくても出来ると思うんですよね。そういうところもよかった
— ナイトウミノワ (@minowa_) February 12, 2021
『花束みたいな恋をした』がサブカルというか文化系オタクを扱ってるのって、やっぱ映画観に行く層に合わせてて、別にこの話ってスポーツオタクでもバイクマニアでもなんでもやろうと思えばできると思うんだけど、そうじゃないってところに、うまく狙ってるわねと思った。踊らされてるわ。踊るわよ
— ナイトウミノワ (@minowa_) February 12, 2021


