センチメンタル・バリュー/家族はいつも、難しいけど

人間ドラマ
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センチメンタル・バリュー

Affeksjonsverdi/監督:ヨアキム・トリアー/2025年/ノルウェー・フランス・デンマーク・ドイツ合作
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マスコミ試写で鑑賞。公開は2026年2月20日です。

あらすじ:実家で映画を撮るらしい。

ネタバレはありません。

映画監督の父グスタヴ(ステラン・スカルスガルド)を持ち、自身も俳優として活動しているノーラ(レナーテ・レインスヴェ)と、穏やかな家庭をもった妹のアグネス(インガ・イブスドッテル・リッレオース)。父娘は長く顔を合わせていませんでした。

グスタヴはノーラを主演に据え、自身の自伝的な映画の脚本を書きます。その映画がかつて家族で暮らした実家で撮影されると知ったノーラは憤り、きっぱりと出演を断ります。その後、その役にはアメリカ人俳優のレイチェル(エル・ファニング)が抜擢されるのでした。

ノーラは「父親とは一緒に仕事ができない。話すことができない」と語ります。父や姉と比較的良好な関係を保っているアグネスは、ノーラとグスタヴの関係を修復しようと動きます。グスタヴは、自分と家族との関係や、自分が家族をどう思っているのかは、この脚本を読めばわかるはずだと言うのでした。

私が家族のことで悩み、親しい人にそのことを打ち明けると「うちも親が面倒で」と返ってくることがあります。どんな人でも家族との関係については何かしら悩みを抱えているのだということ、そして家族の問題に他人が口を出すことの難しさを、あらためて感じます。私は、誰かに家族間の問題を解決してほしいわけではないのだとも思います。ただ、気持ちを聞いてほしかっただけなのだと。そこに本当の気持ちがあり、できることなら親にそれをわかってほしいのだと。でも、無理なんですよ。

数年前、叔父が倒れたときのことです。私には何の連絡もなく、妹だけが見舞いに行っていました。また、家族で叔母のライブに足を運んださい、叔母から「来るなんて珍しいね」と言われたこともあります。こうした出来事を重ねるうちに、近しい親戚に何かが起きても、私は基本的に連絡を受けない存在なのだと、ようやく気づきました。家族や親戚にとって私は「連絡しても来ない人」であり、実際、私自身もたぶん連絡があっても行かない人なのだと思います。家族での海外旅行についても「あなたは来ないと思うけど、念のため知らせておくね」といった伝え方で、実際に私は毎回参加を断っています。

最近になってようやく、これまで自分から家族や親戚との関わりを断つような行動をしてきたにもかかわらず、いざ自分が困ったときには、家族や親戚が手を差し伸べてくれるはずだと思っていたのは、間違いだったのだと気づきました。実際に何か困ったことが起きて相談したわけではありませんが、こちらから関係を断とうとしていたのに、切羽詰まったときだけ頼ろうとするのは、甘えだと思います。親戚にとって、顔もよくわからずほとんど会話をしたこともない私は、他人です。

こうした自分自身の経験や気持ちを抱えたうえでこの映画を観ると、静かでありながらも強く心に響いてきました。グスタヴは、自伝的な映画を撮ることで家族への思いを打ち明けられると考えたのかもしれません。しかし一方で、これまで家族と向き合おうとせず顔を合わせることすら避けてきたツケが、ここにきて回ってきているようにも感じられます。

ステラン・スカルスガルドレナーテ・レインスヴェは、ほんのわずかな表情の変化だけで役の内面を的確に表しており、その演技がとても印象的でした。また、現実と舞台が交じり合うシーンの美しさや、父娘の関係の複雑さをあらわすような映像表現も強く記憶に残ります。おすすめです。

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