花束みたいな恋をした
監督:土井裕泰/2020年/日本
U-NEXTで鑑賞。公開時に感想を書き、前のブログからこちらへ記事を持ってきていましたが、あまりにも公開時の感想が的外れなので再鑑賞してちゃんと書こうと思った次第です。
前の記事はこちら→花束みたいな恋をした/私のような貴方との恋 – * FRAGILE
あらすじ:趣味が合う人と出会いました。
※ネタバレしています。
終電を逃したことをきっかけに出会った麦(菅田将暉)と絹(有村架純)。趣味がほとんど同じだったことから、急激に距離を縮めていきます。
5年ぶりに観ました。はっきり覚えていたのは、ハンドクリームを塗ったあとにおしぼりで手を拭いた女性を麦と絹がバカにしていたシーンです。ふたりの性格の悪さがよく出ていてすごく好きです。『ショーシャンクの空に』を好きだという男性をバカにしているところもいいですね。バカにすんじゃないよ。いまどき『ショーシャンクの空に』をバカにする映画好きもいないよ。
趣味が合って楽しい、話していて楽しい、そういう人と出会えたときに高揚する気持ちはとてもよくわかります。その楽しさの中で、相手が自分を理解してくれたような錯覚に陥ってしまうのかもしれません。そんなことはないのに。私にとって麦と絹は、いわゆるサブカルあるあるとして共感できる存在というよりも、性格の悪さがあちこちににじみ出ているのが「わかる」、という印象です。ふたりをきれいなだけのキャラクターにしなかったのはとても良いと思います。人生なので。
かなり現実から外れた描写もありますよね。たとえば、ふたりが暮らしている部屋に置かれているカリモクみたいな高そうな椅子とか。ただ、そこだけ急にサブカルカップルの解像度が低くなっている、というわけでもない気がします。あれはわざとなのだと思うんですよね。現実の部屋というより、「理想の部屋」として高そうな家具を置く、その理想と現実味とのバランスがとても絶妙だなと感じます。麦の父親がとてもリアルなように見えたり、絹の両親がとても気持ち悪く見えたりするところも含めて。
麦が就職したあたりからの彼の消耗ぶりは公開当時SNSでもよく語られていました。何もする気が起きずパズドラしかできない麦の気持ちもわかるし、楽しくないことはしたくないという絹の気持ちも理解できます。たぶん都内に実家がある絹と、新潟から上京してきた麦のあいだにはどうやっても埋められない価値観の違いがあるのだと思うんですよね。麦と絹の家庭環境が逆だったら、もう少し違う結果になっていたのではないかとも思います。
恋愛はいつも終わります。必ず終わります。憎み合う終わりもあれば、夫婦になるという終わりもあるでしょう。麦の結婚に対する考え方は今の私にはとても奇妙に思えましたが、それは私がそれなりに人生をやってきたからこそ感じるのだと思います。私も20代後半のころには、結婚したら絶対に相手と別れないだろうし穏やかで「ふつう」の人生を送れるのだろうと本気で思っていました。でも、そんなことないからね。
そういえば、昨年のスマッシング・パンプキンズ来日公演のときに起きた出来事をnoteに書いていたのでした。興味があったら読んでみてください。なんだか20代の頃に置いてきた伏線が、今になって回収されたようにも感じた出来事です。
2025年9月17日スマッシング・パンプキンズ武道館|ナイトウミノワ


