RIVER/秋葉原通り魔事件の、その後の物語。

邦画
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RIVER

監督:廣木隆一/2012年/日本

こちらの記事は、2011年に書いたRIVER/秋葉原通り魔事件の、その後の物語。 | 映画感想 * FRAGILEを加筆修正して転載したものです。興味本位で見ると、思わぬダメージを受けます。

あらすじ:秋葉原無差別殺傷事件で恋人を殺されたので、秋葉原に通います。

ネタバレしています。注意書きはありません。

恋人を失ったひかり(蓮佛美沙子)は、事件から3年経っても立ち直れず、秋葉原をぶらついてメイド喫茶で働いてみたりカメラマンに写真撮られてみたり男の子と関わってみたりします。

2008年に起きた、秋葉原無差別殺傷事件を題材とした映画が作られる、しかも被害者視点で、と最初に聞いたとき、それは違うだろうと思いました。実際の殺人事件、しかも最近の事件を映画化することじたいにデリケートな問題を含んでおり、安易に扱うべきでないというのは大前提の上で言いますが、映画にするのであれば加害者が主人公であるほうが良いと思うのです。ひとりの人間が、なぜあのような事件を起こすに至ったのかを掘り下げて欲しいと思うのです。『丑三つの村』(1983年)のように。それでも、映画は本編を見てみなければなにもわかりませんので、見ましたよ。

もう、悪いところばかりなの。まったく無意味な長回しや不必要なカメラの揺れなどといった、画づくりの甘さ。ずっと引きこもっていたはずの主人公が、ものすごく小奇麗にしているところ。メイド喫茶などのリアリティのなさ。細かいところをあげればきりがないのよ。とくに主人公以外のデリカシーのなさについては、おそらくこれが映画全体を象徴するものなのだろうと思うのね。主人公とその他の人々との事件への温度差をあらわすものであったとしても、他にやりようがあるはずだよ。

もっとも大きな問題として、この映画は秋葉原の事件を題材にする必要がないんですよ。秋葉原無差別殺傷事件を、まったく描いていない。事件と向き合っていない。これは架空の事件を題材にしても良い内容なの。だとしたって映画の出来はひどいけど。

秋葉原をメインに撮っているときはまだ、出来が悪いなあというくらいにしか思わなかったのね。でも、被災地での長回しが始まった瞬間、声が出るかと思うほどの怒りをおぼえました。私、この映画に被災地の映像が使われているって知らなかったから、余計にね……。

秋葉原通り魔事件と、東日本大震災に、なんの関係があるっていうのか。

監督は福島出身だそうですが、それはなんのエクスキューズにもならない。『ヒミズ』に被災地の映像が使われているので、不快感をあらわしていた方がけっこういらっしゃいましたけれども、私は、あの映画はまだ、映画の内容と震災が関係あったと思うんですよ。

でも、ひとりの人間が起こした事件と、天災を同一視してはならないのです。この描き方では、秋葉原の事件は天災みたいなもので、しょうがなかったんだと言ってるように思えてしまう。思いつきで撮ってるようにしか見えないの。震災の映像を入れておけば、観客が(心を痛める方向に)感動する、って思ってるんじゃないのか?

そして、「大切な人を失うのは悲しいことだね、でも乗り越えて生きていこう」っていうメッセージが陳腐すぎるのよ。ラストのひかりのセリフは笑ってしまった、怒りを通り越して笑うしかない。そんな安いところに落としこむんだったら、別に実際の事件を題材にした映画でやんなくていいでしょ。悪い意味で虚構と現実の区別がついていない。覚悟がなさすぎる。もっとキチッと事件に向き合って欲しい。

だからね、誰に対しても失礼なんです。加害者に対してすら失礼だと思う。監督は自分が突然死んだりしないと思っているし、みんなも自分と同じように思っているよね? っていう気持ちが出ちゃってる。そして、もしかしたら自分が加害者側にまわることがあるかもしれない、っていうような、そんな想像力すらない。悲惨な出来事は、ぜんぶ他人ごととしか感じていないから、こういうデリカシーのない映画を撮っちゃうんじゃないかしらね。

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