ダンサー イン Paris/身体と動きの芸術

人間ドラマ
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ダンサー イン Paris

En corps/監督:セドリック・クラピッシュ/2022年/フランス・ベルギー合作

マスコミ試写で鑑賞。公開は2023年9月15日です。

あらすじ:踊りたい。

ネタバレはありません。

パリ・オペラ座バレエ団に所属しているエリーズ(マリオン・バルボー)は足を負傷する。医師からは、手術とリハビリをきちんとやれば2年後には復帰できると聞いたが、まだ26歳の彼女にとって2年のブランクは大きかった。バレエを辞めるかどうか悩む彼女は、料理の手伝いをする仕事のためブルターニュへ向かう。自然ゆたかなその場所で、エリーズはコンテンポラリーダンスに触れる。

バレエやダンスのような身体を使う芸術についてはまったく疎いのだが、印象として、バレエは型があり決まった動きで表現し、コンテンポラリーダンスは型にとらわれない動きで表現する芸術なのではないかと思っている。劇中でも言われているが、バレエは型通りに踊ることで「完璧」を目指せることに対し、コンテンポラリーダンスはダンサーの心の中にあるものを外へ出していく踊りである。バレエとコンテンポラリーダンスを比べてどちらが「上」かと言うのはまったく野暮なことであって、この映画は、「バレエを諦めた人がコンテンポラリーダンスに転向した」、ただそれだけのことを描いている。「ただそれだけ」、の中に含まれる人生の機微がある。「堅苦しいバレエから自由なコンテンポラリーダンスに救いを求めた」とか、そういう話では、まったくない。

エリーズが負傷したのは恋人の裏切りを目にしてしまったからだ。傷心の彼女は、ブルターニュの施設(合宿所みたいなところ?)でコンテンポラリーダンスをやっているヤン(フランソワ・シヴィル)と恋に落ちる。失ったばかりの恋心が、また自身の心の内に湧き上がってきたときの彼女の気持ちはどのようなものだっただろうか。人によっては、別れたばかりなのに、こんなに早く次の人と? と思うかもしれない。でも、恋に落ちるときは周囲なんか見えないし、正しさが常に良いわけでもない。

傷ついた人は出てくるけれど、観客を傷つけようという意図はまったくない、優しい映画だった。信じていた自らの道を不意に断たれた人に観てほしいなと思う。

人生は一本道ではなく、ほかからの要因によってまるきり変わってしまうものだと思っている。順風満帆だったところへ突然おとずれる変化は恐ろしいが、未知の世界へ飛び込む勇気と少しの希望もある。ひとつのことをとことん突き詰めてやるのもとても良いことだし、諦めて別の道を探すことも良いことだと思う。諦めることは勇気がいる。後ろ向きだと感じるかもしれない。でも、諦めるという大きな決断によって、人はいくつになっても成長することができるのも確かだな、と思った。おすすめです。

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