理想郷/人生の楽園

サスペンス
この記事は約5分で読めます。

理想郷

As bestas/監督:ロドリゴ・ソロゴイェン/2022年/スペイン・フランス合作

Fan’s Voice試写にて鑑賞。公開は2023年11月3日です。ティムさんありがとうございました!

あらすじ:田舎に住んだら怖かった。

ネタバレはありません。

テレビ朝日の『人生の楽園』という番組が好きで、よく見ています。
ざっくり説明すると、田舎に移住した家族を紹介する番組ですね。移住者は民宿かおしゃれな古民家カフェを経営されていることが多く、小ぢんまりとした畑で有機野菜を作ったり、元からの住人が足繁くお店に通ってくれたりして、穏やかにほのぼのと暮らしています。海辺よりは山に住んでいることが多いように見受けられます。
地方への移住を勧める番組で、田舎はこんなに素敵な暮らしができるんだよ、ということを、ずーっと言っています。この番組に出てくる元からの住人は、移住者に冷たく当たることはありません。

本当に、田舎は『人生の楽園』に出てくるような、素晴らしい場所ばかりなのでしょうか。
今年2月、こんなニュースがありました。記憶に新しい方もいらっしゃるかと思います。

一部引用します。

福井県池田町の広報誌で、移住者への提言として示された「池田暮らしの七か条」に「都会風を吹かさないよう」といった表現があり、移住者らから「広報誌の表現として不適切だ」と批判が上がっている。町は「意図が分かるようにすべきだった」としつつ、修正予定はないとしている。

『人生の楽園』と「池田暮らしの七か条」が合体してしまったのが、この『理想郷』という恐ろしい映画だな、と思いました。

主人公アントワーヌ(ドゥニ・メノーシェ)は、愛する妻オルガ(マリーナ・フォイス)とともに、フランスからスペインの山岳地帯へ移住してきました。有機野菜を作っては、市場で売る生活です。古民家を買い取り、リフォームして観光用の宿泊施設にしようとしているようす。また、風力発電事業を誘致しようとする村の意見に反対もしています。そんな夫婦のことが気に食わない隣の兄弟は、アントワーヌに冷たい態度をとり、そのくせ、やたら絡んできます。

兄弟は言います。
「外国人差別ではない。よそ者扱いをしているだけだ」
正確なセリフがこうだったかはちょっと忘れてしまいましたが、彼らが「差別」をどのように考えているのかがよく分かる、短いセリフだったな、と思います。あんたのやってるその行動こそが差別だ、ということには気づかないんですね。こんな兄弟でも多少の人権意識は持っているようすであることが、よけいに底しれぬ恐ろしさを感じさせます。

劇中で流れる音楽はとても不穏で、音楽なのか効果音なのか、登場人物たちに聞こえるよう実際に鳴っている音なのかが判然としない感じが良かったですね。壁を平手打ちしているような音、何かを棒で叩いているような音といった、プリミティブな音が頻繁に混じります。画面は冷たい色味で、寒々としています。暖かい土地でも村八分は起きるでしょうが、冷たい土地のほうが嫌がらせが映えますね。つい「村八分」と書いてしまいましたが、夫婦に優しく接してくれる住人もいます。私、あの人がああなったのって、不運じゃない気がするんですが、いかがでしょう……?

アントワーヌは兄弟からの嫌がらせに真っ向から立ち向かいます。「いざというときのために」証拠を集め、時には声を荒らげ、必死で妻との生活を守ろうとしています。彼のやり方は正しいのでしょうか。夫婦に平穏な日々はやってくるのでしょうか。

兄弟の行動を考えるに、嫌がらせの根本にあるものが「貧困」のように思います。裕福に暮らしているように見える夫婦が妬ましかったのでしょう。風力発電事業を誘致しなくても生きていける夫婦のことが。また、兄弟は今まで村にあった同調圧力のようなものに屈することなく毅然とした態度で向かってくる夫婦に対し、言いしれぬ恐怖を覚えたのかもしれません。恐ろしいから自衛する、その自衛の仕方が悪かった。夫婦も自衛しますが、こちらもまた悪かったのだ、と私は思います。もちろん、理不尽な嫌がらせを肯定するわけではありません。人の神経を逆なでするやり方で自衛するのはまずいのでは、ということです。

私は歴史にうといため、今ちょっと調べたのですが、

一部引用します。

フランス軍は傍若無人に行動し、各地で略奪や破壊を繰り返した。日常生活を蹂躙された民衆の怒りはますます燃えさかり、下級聖職者はナポレオンをアンチキリストないし悪魔の子と罵倒した。そしてスペイン民衆は民衆的抵抗と結合してゲリラ活動を活発化させた。ゲリラとは、スペイン語で「戦争」を意味するゲラに縮小語尾をつけた言い方で、このスペイン独立戦争の中で生まれた言葉だった。敵軍を前に潰走した兵士たちと下級聖職者、農民によって組まれた小部隊は、フランス軍占領地域で攪乱行動を繰り返し、フランス軍を悩ませた。フランス軍は戦闘行動以外の要所の守備と輸送の警護に兵力を割かなければならなかった。

理想郷』は、上の引用が(細部はもちろん違いますが)当てはまっているように思います。ただ、この映画は実話ベースで、どこからどこまでが実際に起きたことなのかは判然としません。なお、劇中でもナポレオンの名前は出てきます。

最後に、私の出身地の話をします。

私はいま東京に住んでいますが、もとは岐阜県の山の中、限界集落と言っても差し支えないような地域に住んでいました。12年ほど前に離婚したとき、私の両親は、私を村の人びとから隠そうとしました。外から見られると厄介だから、と、窓に近寄らないよう言われた記憶があります。ずいぶん前のことなので、実際は違ったのかもしれません。私が記憶を捏造している可能性も捨てきれません。ともかく、帰省しても近所の誰とも顔を合わせなかったし、友達にも会いませんでした。両親は、「あの家の長女は離婚した」という、それだけのことが、村人たちの「娯楽」となるのを避けたのかな、と今は思います。そして両親は、近所の人びとの噂話をすることが多いです。それは、他の住民にとって私たち家族が噂話の対象となりうるということでもあります。本当に気持ち悪い。

コメント

タイトルとURLをコピーしました